老舗編針メーカーのリブランディングに学ぶ知財戦略

「知的財産」という言葉は、聞いたことはあるし事業に活用出来るかもしれないと思うものの、開発や研究、そして実際に出願等に携わっている人以外には、なかなかにとっつきにくいものかもしれない。
関西の特許出願件数は首都圏に次ぐ規模を占め、その業種も様々である。また多くの国公私立大学でのライフサイエンスをはじめとする先端分野の研究も活発である。
そんな関西で知財活動を積極的に行っているパワーあふれる中小企業のトップは、どのように知財をとらえ、活用しているのか。またその活動の動機付けはどこにあるのか。INPIT理事長が中小企業トップのその動力源について直接取材する。
対談写真
取材日 2020年11月6日(金)
近畿編針株式会社(以下、近畿編針)
 代表取締役社長 尾山 恭子さま(写真右)
 常務取締役   尾山 敬さま

独立行政法人工業所有権情報・研修館(以下、INPIT)
 理事長    久保 浩三(写真左)
 近畿統括本部 大上 ひかる

創業100周年を迎えてのブランド刷新

INPIT:御社には弊館のサービスを多くご利用いただいており、日頃より感謝申し上げます。それだけ知財活動には積極的であるとお見受けいたしますが、そもそも知財を意識されたきっかけはなんでしょうか。

近畿編針:リブランディング開発を展開したのがきっかけです。当社は2016年で創業100年を迎え、それを機に当社のブランドを確立しようとしました。そこで「kinki」というと、海外では混同されることもまれにあり、まずは社名を変えようとしたんです。その際に(一社)奈良県発明協会や奈良県よろず支援拠点に相談したのが始まりです。そこで様々な検討をしたところ、「近畿編針」という社名は既に広く浸透しておりますので、社名を変えるのではなく、ブランドを刷新する方向に舵を取ることにしました。海外のお客様からも「社名は変えないでほしい」と仰っていただけたのも後押しになりましたね。その後ブランド名の選定と商標登録に取り掛かることになるのですが、その際INPITには様々ご支援いただきました。それで出来上がったのが「Seeknit」というブランドです。それ以外にも現在当社の製品は商標・意匠・実用新案を活用し、権利化しており、また情報管理規定、ノウハウ管理といった事も引き続き相談させていただきました。

INPIT:100年間培ってきた社名を変えるのではなく、ブランド戦略を取られたのは良いご判断ですね。海外の反応はいかがだったのでしょうか。

近畿編針:私共は海外のお客様も多数いらっしゃるのですが、ブランド戦略展開以前は自社のブランドよりも客先ブランドのほうが売上げ比重は高くなることもありました。ただ、客先ブランドにあまり偏りすぎると例えば仕入れ先を変えられてしまったら一瞬にしてその売上げを失ってしまうというリスクもあります。そういった事からやはり自分たちのブランドの商品を売っていくことはとても大切ですね。今は我々の生産している針の約7割が海外向けとなっているのですが、そのうちOEMは一部で、自社ブランドが多数を占めています。あとはパッケージも一新し、おしゃれでより洗練されたものにしたので、より皆様にとって馴染みやすいものになったのかもしれません。「見かけ」が良くないと新規のお客様は手に取って下さいませんから、そういった意味でやはり思い切った転換を行って良かったと思います。他社が行っていないことをしたからこそブランド戦略が成功しました。実際2016年のブランド戦略以降海外の売上げは上昇しており、知財を活用したブランド戦略が利益に繋がっていると実感しています。また、「Seeknit」を作ったことで更に多くの国からオファーを頂く事が多くなり、EU以外にも南米や東欧諸国からお問合せを頂くことも増えました。

知財担当者へのサポート機能の充実が必要

INPIT:知財が経営に役立つ、つまり利益に結びつくというのは我々の目標でありますから、そう言って頂けると本当にありがたいです。御社の中ではどういった方が知財を担当されているのでしょうか。

近畿編針:その専門人材を置くというのはやはり難しいので専任者は置いておらず、代わりに海外営業担当が兼務をしています。恐らくどこの中小企業もそうだと思うのですが、社長や役員自らが知財に関して業務を執り行うというのは、時間的制約やしっかりとした知識が無い中でかなり難しいと思いますし、知財専任者を置くのはもっとハードルが高いです。なので、弊社のように他業務と兼務をしているところが多いと思うのですが、そのような人をサポートして頂ける支援がもっとあれば良いと思います。例えば他の業務を兼務していながらでも、自社製品について他社と競合しないかをしっかりと調査することができたり、知財を活用しての利益創出を提案できたりすると本当に助かります。

INPIT:我々も「IP ePlat」のようなeラーニングツールを始め、各種支援、セミナーをより充実させていかなければならないですね。その他、知財に関して困っていることやINPITへの要望などはありますか?

近畿編針:要望というと、我々では知財の視点、つまり商品のどこを見れば良いのか、どこがポイントなのかというのが分からないので、そういった視点を広く教えて頂けるととても役立つと思います。どんな製品を開発するにしても既存の権利に抵触しないように作っていかなければいけないのが前提ですが、前述したとおり大企業と違って中小企業は知財部というものがない会社が多いので、利益創出のチャンスを逸してしまうこともあるかもしれません。実際のところ弊社でも過去に作った物について意匠や実用新案で守っておけば・・・と思った経験があります。知財権で守るのか、それともノウハウで秘匿してくのかというオープンクローズ戦略をきちんと見極めていかないといけないので、弊社が持っている要素を色々と組み合わせて、一番、ビジネスがうまくいくように今後もご協力頂ければと思います。

知財がどう利益に繋がるのかをしっかりと検討する

INPIT:おっしゃるとおり、全て知財権で守るのではなく「良いアイデア(=利益になりそう)」が始めにあって、それをどのような方法で守るのか、というのが本来の流れなので、権利化というところに固執せずビジネス視点で捉えなければならないのはとても重要な視点ですね。

近畿編針:弊社はブランド戦略によって多くの国で認知度が高まり、オファーの幅も増えました。知財を活用する、と一言で言うのは簡単ですが、その国々に商標出願するのかどうか、するしたらどのタイミングで出願するのか等々、マーケットの大きさ、コンペティターの有無など今後も検討しなければならないことが沢山あります。これらは確かに大変ですが、実はコロナ禍以降EUでは製品の需要が高まっており、たとえ日本市場が横ばいであっても海外市場が好調であれば売上げの支えになります。今では積極的に海外展開ができるようになったのも「自社ブランド」という確固たるものがあるからです。知財がどう我が社の利益に繋がるのかを模索しながら、今後も近畿編針の製品をより皆様に知って頂けるよう一意専心していきます。

(文・写真=大上ひかる)